増井真也 日記 blog

今回はますいいリビングカンパニーの作品が2点優秀賞に選ばれた

2023/10/30

今日は住まいのリフォームコンクールの表彰式に参加した。40年も続く老舗のコンクールということで、今回はますいいリビングカンパニーの作品が2点優秀賞に選ばれた。一つ町田分室の作品で、手狭になったマンション暮らしから、祖父母の住んでいた一軒家に移り住んだご夫婦と4人の子供のための住宅である。6年前に行った引っ越し前のリフォーム(一期工事)では、予算の都合上、主に一階の水回りとLDKをのみを改修。水回りからキッチンへ続く動線を整理し、最低限の断熱改修と構造補強を行った。6年が経ち子供の成長にともなう2階の間取りの使いづらさと、冬の寒さに限界を覚え、2期目のリフォームを行うことに。当初は新築も視野に入れ検討していましたが、1期目の工事で思い通りに作った造作キッチンや水回りへの愛着から2期目のリフォームを決意。育ち盛りの4人の子供たちが走りまわれ、どこにいても家族の気配が感じられるオープンな間取りと冬の寒さ対策、そして耐震改修が求められた。家の中心に吹き抜けと階段を設け、回遊性のある間取りとした特徴的な作品である。

もう一つは、川口本社から歩いて3分ほどのご近所での作品である。こちらは地区50年の木造民家をシェアハウスに改修するプロジェクトである。思い出のある民家を最低限の解体で、元々ある良さを生かしながらシェアハウスとして生まれ変わらせるとても楽しい計画だった。

審査委員長の松村秀一先生の、これからの時代は新築よりもすでにあるストックをどのようにして利用していくかというリフォームの方が面白いという言葉が印象的だった。上位賞の中には工期を2年近くかけて古い集合住宅の設備を刷新したり構造補強を行ったりの力技の作品があったが、これらは今の時代が抱える空き家や古い建築の利活用という問題を解決する糸口である。建築は人が生きていく社会になくてはならないものだ。でも今の日本にはちょっと多すぎる建築がある。これをなくしていくことや、もう一度生まれ変わらせることは社会の要望であり、技術者として取り組むべき課題である。だからこそリフォームは今後もしっかりと腰を据えて取り組んでいきたいと思う。

茶室などという日本語が昔からあったわけではなく、武田五一という1897年に東京帝国大学工科大学造家学科を卒業した建築家が使い始めた言葉である

2023/10/29

今日は埼玉県の川口市にある錫杖寺の茶会に参加した。この茶会は川口茶道会という地元の会が主催しているのだが、僕の先生がこの会の会長を務めている関係で茶席の運営に関わることとなった次第である。今日は200人ほどの方々に来ていただいたようである。文化などとはほど遠いと感じる川口市であるが、それでもわずかでもこのような活動を続けることがまさに文化であると思う。

錫杖寺にはいわゆる狭く囲われた茶室らしい茶室と呼べる部屋はない。でも広間に炉は切ってある。その部屋に茶道具を持ち寄り、広間の茶で来客をもてなすのである。そもそも茶室などという日本語が昔からあったわけではなく、武田五一という1897年に東京帝国大学工科大学造家学科を卒業した建築家が使い始めた言葉である。この武田が描いた長大な論文のタイトルが「茶室建築について」だったところからこの言葉が使われ始めたのであって、それ以前は数寄屋とか茶席とか呼ばれていたらしい。茶席は「囲い」と呼ばれていたようで、一部には「座敷」とも呼ばれていた。今では当たり前の茶室という言葉も、せいぜい100年ちょっと前に作られた言葉なのである。言葉はさておき、その本質は人が集い茶を飲みながら話をする場である。だからその様に明確な定義など必要であるはずもなく、逆にその場に応じて自由であるべきものだと思う。あまり定義にこだわりすぎると、みょうに敷居が高いものになってしまうが、自由に考えればお金をそれほどかけずとも誰でも手に入るもてなしの場となるであろう。以前、公団の1階の部屋で開かれた茶事に招かれたことがあった。この茶事ではベランダに敷かれた飛び石を渡り、アルミサッシの外にかけられた簾をくぐって席入りをした。名を明かすことは避けるが、裏千家の講演会などでよく見かけする著名な方の自由な見立てに感動したことを覚えている。

さてさて今日のお客様たちは喜んでいただけただろうか。もてなしの心をつくし、語り合い、日本の文化に触れる一時を提供できたなら何よりもの幸せだと思う。

今日は早稲田大学の稲門祭なるOBのためのお祭りに参加した

2023/10/22

今日は早稲田大学の稲門祭なるOBのためのお祭りに参加した。49歳になって初めての参加である。なぜ今更こんな会合に参加したのかというと、今年から地元川口市にある稲門会の事務局長をやることとなり、しかもその会の会長さんが今回の稲門祭の実行委員長を務められるというから、これは行かないわけにはいかないなとなったわけである。

お恥ずかしながら行くまでは学生向けの早稲田祭と混同していて、あれ?なんでこんなに学生が少ないのかと当惑していたのだが、よくよく聞いてみると今日はOBのためのお祭りで主催もOBだというから納得である。早稲田祭といえば毎年のようにタモリさんなどの有名人が来ることで知られているのだが、稲門祭はあくまでOB、司法書士稲門会・・・のようななんだかよくわからないテントなどが、おじさんたちによって運営されているジミーな会であった。最後のフィナーレでは総長さんたちが大隈講堂前で立ち並ぶ下で、集まった校友一同で校歌斉唱である。まあ50歳も近くなるとこういう会合が良いと思えるようになるもので、なんとなく胸が熱くなる一時であった。

モルタル研ぎ出しのキッチン

2023/10/21

今日は東京都新宿区にて、「一戸建て貸家と自分たちの住まい」を作りたいというKさんとの打ち合わせを行なった。初めての顔合わせということもあり、ますいいのモデルハウスである「暮らしを楽しむ作り場」についてのご説明をさせていただいた。

この作り場では7つの左官仕上げに挑戦している。7つの仕上げを並べてみると
・木ずり下地の土壁仕上げ(茶室)
・ラスボード下地の本漆喰仕上げ(リビング)
・石膏ボード下地の既調合漆喰仕上げ(廊下、2階)
・木ずり下地の並大津仕上げ(トイレ)
・モルタル研ぎ出しのキッチン
・洗い出しの玄関土間
・モルタルかき落としの基礎幅木
である。

下の写真はモルタル研ぎ出しのキッチンの様子である。ちなみに下地には木ずりを使用しているのでベニヤ板を一枚も使用しないという完全自然素材のコンセプトにも合っている。こうした仕上げの様子は写真ではなかなか伝えることが難しいので、実際にお越しいただいてみて欲しいと思う。

土のソムリエ

2023/10/17

土のソムリエ、と呼ばれる人がいる。東京都中野区にある富澤建材さんの富澤さんだ。自然素材や伝統工法を愛し、全国各地の土を左官屋さんに教えてもらいながら仕入れてきた。ここに来れば京都の土も土佐漆喰もある。有明湾で作られている田嶋さんの貝灰もある。藁もすさも揃っている。こんな店は全国でも少ないだろう。今日はますいいのスタッフと一緒にお店を訪問したのだが、塗り見本やさまざまな素材を見てとても勉強になったと思う。

写真に写っているのは砂である。砂?そんなもの違いがあるのと思うだろうが、この愛知県の砂は綺麗な白色をしている。僕たちが公園の砂場で見る砂はいわゆる灰色、それとは全く違うのである。関東の砂はグレー、でも愛知のは白だったり黄色だったりちょっと違うのだ。土壁を塗るときには砂を混ぜる。その砂の色の違いは仕上がりの微妙な違いにもなる。だから砂もとても大切な要素なのである。

今日は相模原市に作ったカフェ「ガラチコ」さんにてチルチンびとの撮影に立ち合いをした

2023/10/11

今日は相模原市に作ったカフェ「ガラチコ」さんにてチルチンびとの撮影に立ち合いをした。このカフェはサイクリングや高尾山周辺のハイキングを楽しむ方々に向けたもので、宿泊や食事を楽しむことができる拠点となる建築だ。主催するのは元々はサラリーマンをしていたAさんご夫妻で、とてもエネルギッシュなお二人だ。建築に当たっては土地の造成工事までもをセルフビルドで行った。つまりは工作機械の運転まで自分自身で行ってしまったという強者であるのだ。もちろん他にもたくさんある。外壁の焼杉を貼ったり、内部の漆喰を塗ったり、できることは自分でやるを貫いた。だからとてもローコストで夢を実現することができたのである。建築は家形の3つのボリュームがつならる可愛らしいデザインを採用している。コミュニティー建築として集まりやすい場となるであろう。目の前には川が流れているというシチュエーションもまた良い。人は水辺を好むものである。この場所が多くの人々の物語を紡ぐ場になることを切に願う。

学芸、信仰、芸術などに感興を失わず情熱を抱き続ける老人こそ不老の人であり、実は最も幸せな生き方であるような気がするのである

2023/10/04

師匠の石山修武先生に電話をしたら、取り組んでいる事業に関して情熱を持ってお話ししていただいた。大学を退官してすでに8年が経とうか。高齢者であるが、心は青春そのもの、とても刺激をいただいた。

知人から送られてくる便りによると、2022 年における 65 歳以上の就業者数が 912 万人(2021 年比3万人 増)となり、1968 年以降で最多となったそうだ。また、高齢者の就業率(65 歳以上人口に 占める就業者の割合)は 25.2%となり、前年に比べ 0.1 ポイント上昇したということである。年齢階級別にみると、65~69 歳は 50.8%、70~74 歳は 33.5%と、いずれ も過去最高である。就業者数に占める割合は 13.6%(同 0.1 ポイント増)で、10 年前 と比較した高齢者の就業率は、65~69 歳で 13.7 ポイント、70~74 歳で 10.5 ポイント、75 歳以降で 2.6 ポイント上昇したそうだ。

70歳未満の人の半分が働いているというが、これはもはや高齢者と呼ぶこと自体が間違っているような気もする。現に建築の現場だってこのくらいの人が増えているし、ますいいの監督さんだって70歳で現役バリバリで働いていただいている。

高齢者や女性の労働力がこの国の労働を支えているという現実は間違い無いだろう。そしてそれをさらに高めるような政策を国はとっていこうとしている。でもこのようにしてまで働かなければいけないのかの疑問を感じる人もいるだろう。働かなくとも幸せに生きていけるのであればそれに越したことはない。でもそうはいかないのが現実である。

早期退職と年金天国だったイタリアもすでに様相を変えており、今や働かざるを得ない高齢者が増えているそうだ。アメリカは年齢による差別を禁止する法律の制定により、すでに高齢者労働が定着していて、高齢者の賃金が中年層の賃金と比べても遜色ないい所まで来ているという。

そう、やっぱり働かないとダメなのである。どうせ働かなければいけないのなら、若い時と同じように誇りを持って楽しく働きたいものだ。最近建築の労働者が減っているというが、僕は建築こそ高齢者労働に向いていると思う。飛鳥時代から同じようなことをやっている左官職人、小さなタイルを一枚一枚丁寧に貼るタイル職人、長年の経験や知識を必要とする大工職人、そして僕たち設計者も同じだ。経験がものをいう職種だけに高齢者の活躍する意義は大きく、賃金もやりがいも維持しやすいと思う。さらに、建築とは芸術的要素を多分に含む世界である。だからこそスキル以上に大切なことは、何かに対する夢を持ち続けることであろう。まさに師匠の石山先生のごとく、学芸、信仰、芸術などに感興を失わず情熱を抱き続ける老人こそ不老の人であり、実は最も幸せな生き方であるような気がするのである。

 

 

 

今日は衆議院議員の穂坂泰さんが会社を訪れてくれた

2023/10/03

今日は衆議院議員の穂坂泰さんが会社を訪れてくれた。穂坂さんとは2012年に地域の異なる同じ団体で長を務めた関係でお知り合いとなったわけだが、同じ年代の人間が国のために真剣に汗を流している姿というのはなんとも嬉しい限りである。僕たちはすでに49歳になった。この国の子供達の未来を作る間違いなく責任世代だ。どんなことがあってもこの国は僕たちが描く未来以上にもならないから、常に明るい未来を夢見続けなければいけないと思う。

哲学者トゥインビーの言葉を大切に生きている。
・理想を失った民族は滅びる
・ものの価値を全てと捉え心の価値を失った民族は滅びる
・歴史を失った民族は滅びる
毎日考えているわけではないけれど、いつも心のどこかに思っていることである。

仕事にはいろいろある。

僕がやっている建築という仕事も社会との関わり抜きには考えられないものであるし、仕事を通じて少しでも魅力的な社会を作ることを日々考えている。政治という仕事はさらにダイレクトに社会を作る。穂坂さんは現在外務大臣政務官になったということで、明日からはアフリカに出張するそうだ。片道30時間の長旅である。なんでも何かの建物の竣工式に出席するということであるが、それくらいのことでわざわざ出向くということはアフリカとの国交はとても重要なのだろう。この国の未来のために全力で頑張ってほしいと思う。

今日は暮らしを楽しむ作り場にて初めての茶事を開催した

2023/10/02

今日は暮らしを楽しむ作り場にて初めての茶事を開催した。この場所はますいいの家づくりのモデルケースを実演した場所である。自然素材の家づくりということでベニヤ板などの建材を一歳使用しないで作ったことや、左官へのこだわりということで本漆喰や木ずり土壁の家づくりをしていることが特徴であるが、プラン的には1階のL DKに並んで茶室を設ていることが大きい。茶室を作ったのは僕の茶道の活動の拠点になれば良いという思いである。茶道の活動で最も基本となるのが茶事、今日はその茶事を初めてこの場所で開催させていただいたというわけだ。

お客様は普段お世話になっている4名。正午の茶事ということで11時に席入りである。待合は2階にしつらえた。フロアリングにもうせんを敷き莨盆の代わりに萩の坂倉さんの作品を置いた。掛け軸は川口市の書道家市川先生の書である。LDKに躙口までの導線を作るために白屏風を使って目隠しをし、一度縁側に出て草履を履いて躙って茶室に入るという変則的な設だが、一般的な間取りの普通の家の暮らしの中に茶道を滲み込ませるという計画はなんとかなったようである。今後も定期的に開催したいと考えているので興味のある方はぜひお声掛けください。

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