リフォーム工事を検討中のYさん打ち合わせ。
午前中、埼玉県川口市にてリフォーム工事を検討中のYさん打ち合わせ。Yさんは僕の子供たちが小学生の頃にお世話になったアート教室の先生で、この度老朽化した賃貸の教室の近くに中古の建物を購入し、そこをリフォームして教室に使用という計画である。建物は築50年以上たつなかなかに年季の入った建築だ。構造計算に基づいて緻密に建てられたというよりも、経験と勘に基づく手作りトラス柱・梁という代物であるのだけれど、その状況が妙に安定感があって面白い。きっと熟練の鉄骨職人の手によるものだと思う。外壁はリブラスにモルタル塗りという簡素なものだ。1階部分は倉庫のように使用されているので、もちろん断熱も入っていない。トイレに至っては扉もない簡易間仕切りの裏側に置いてあるだけ・・・、これはなかなか見ることが出来ないシュールな姿である。マルセルデュシャンの泉をほうふつとさせる感じにちょっと笑みがこぼれる、そんな感じかな。
と冗談はさておき、これほど年季の入った建築を再利用する価値はある。大概の人は古いものをすぐ壊す。でも建築の魅力は古くなってからが本番だ。そしてその魅力は使い手によってさらに高みへと昇っていく。皆さんも新しいピカピカの施設を見て感動したことなんてほとんどないと思う。それよりも創意工夫してその人と建築がマッチして、ちょうどよい状態に磨きこまれている今のその瞬間に心を動かされる方が圧倒的に多いと思うのだ。
この建物は入笠山にあった入笠小屋である。この小屋は詩人の尾崎喜八さんが戦火を逃れるために疎開したときに作ったとのことだが、しばらくは小間井さんという初老の主が宿泊客を迎えてくれた。
写真のガラス張りのリビングは小間井さんの手によるセルフビルドだ。聞くところによると毎日、毎日セルフビルドでどこかしらを手直しし続けているということ。。周りを見回してみると、例えば杉の貫板という雑材料で窓枠を作っているところもあれば、本当にこれでよいの?と疑ってしまうような暖炉、連続してガラスがはめ込まれている普通に作れば多くのコストがかかりそうな羽目殺し窓が90角くらいの雑材でいとも簡単に作られている様子、どうやって防水しているのかまったくわからないような3階に作られた露天風呂、そしてそこに上っていくためのくねくねとした長い長い渡り廊下、ここには一般常識では考えられないような自由な建築があった。
日本の建築は高すぎる、これは歴然とした事実だ。この建築は小間井さんの手によって、法律も一般的な収まりもすべて無視した自由な作品である。そして、ものすごく安く作られている。虫が入ってきたり、隙間風が吹いたりの苦労は当然ある。しかし、肌寒い季節に暖炉に火を入れてゆったりとくつろいでいるとき、そんなことすら愛おしく思えてくるのだ。
この建築は小間井さんが亡くなる前に焼失してしまった。というより建物が燃えて、小間井さんが亡くなったんのだけれど、死期を悟った老人が燃やしてしまったのかなあと思うくらいに、小間井さんの人格と本当にマッチしている小屋だった。僕はこれ以上に素晴らしい建築と出会ったことがない。そしてこの建築はもう二度と見ることが出来ないのである。そして今回の工房もこんな風になれば良いなあと思うのである。