この住宅はクライアントのご主人のご実家として使用されていた築150年ほどの古民家です。建てられてから100年ほどで曳家に伴う大きな改修工事を行い、その後も家族構成の変化に応じて増改築を繰り返してきました。新しいプランのLDK、洋室2・3および水回り部分が増築されたところですが、この工事は材料の不足などの厳しい状況の中おこなわれたのか、梁が柱に届いていなかったりといった非常に混沌とした状況でした。それに対して、洋室1、和室、ホールの100年前に作られた部分は、曳家の際に小屋組が少し複雑な状況にされてしまっていたものの、柱や梁は古民家らしい大断面のしっかりとした古材で構成されており、とても見応えのあるものでした。ホール上部にある四本の見事な丸太梁は、吹き抜けにして化粧で見せることとなりました。この建物は平家ですが昔は一部2階の床があったような痕跡もありました。事実、小屋組の高さは2階建ての屋根の高さを優に超えるほど高いものです。これだけ高い小屋組の上に立派な瓦が葺いてあるのですがら相当重い屋根として構造の補強を行わなければなりません。
構造に関しては「大工塾」を運営し、伝統工法を科学的に立証してきた木造構造設計の第一人者、山辺豊彦さんのご指示を仰ぎました。補強のポイントは以下の点です。
・耐力壁として利用できる柱・梁の軸組を作る。
・曳家の際に作られたしっかりとした基礎を利用して新たな間取りに対応した基礎を作る。
・不足する耐力壁を増やす。小屋組も2階建てのように耐力壁で補強する。
・24ミリ合板を用いて屋根から耐力壁への力の流れを整える補強をする。
耐力壁として利用できる柱・梁の軸組を作る
打ち合わせを行い希望のプランを作成したら、主な軸組となる構面のチェックを行い、欠損が多すぎる柱や断面積の不足する梁などの補強計画を行いました。不要な間仕切り壁となった差鴨居を撤去してできた柱の断面欠損部分などでは柱を入れ替えたり、既存の柱に添え柱を設置しました。昔は大断面の材料が手に入りにくい時もあったのでしょう。梁の断面が不足するところやそもそも梁が存在しないところなどがたくさんあります。そのような場合は、現場で継手を作ったり、金物を利用したりして新しく檜の梁を設置しました。新設の梁は吉野から取り寄せた檜です。古民家の場合、部材の断面が大きく重量が重いこと、既存部材に欅などの堅木が多くねじれなどが発生しやすいことから、杉ではなくより強度の高い檜の梁を使用します。
曳家の際に作られた基礎を利用して、新たな構面に対応した基礎を作る
希望のプランを実現するために新たに壁を作ったところ、つまり新しい構面になるところには筋交が入りますが、その下にはしっかりとした基礎がなければ、地震力を適正に伝えることができません。地震発生時に建物に加わる力は、流れるように伝達して、基礎を通して地面まで伝わる必要があるのです。
この建物には曳家の際に作られたベタ基礎がありました。この基礎がしっかりとしたものであればそのまま利用できます。曳家工事の際に作られた基礎に鉄筋が入っているのか、その太さやピッチはどれくらいかを実際にはつり調査を行い確認したところ、ベタ基礎部分にも立ち上がり部分にも適正な鉄筋が確認できました。そこで既存の基礎にケミカルアンカーを打ち込み、新しい構面ができる壁の下部に基礎を一体化させるように新設しました。縁側だった建物外周部は、御影石の束石に穴を開け鉄筋を貫通させ一体の立ち上がり基礎を作りました。これで地面まで力を流すことができる状態が完成したのです。
不足する耐力壁を増やす。小屋組も2階建てのように耐力壁で補強する。
ここまでできたら、いよいよ耐力壁を作ります。檜の筋交を入れられるところは通常の木造住宅のように筋交を入れ金物で固定していきます。丸太などの部材で筋交がうまく入らない場合は、受け材を設置して合板による耐力壁を作ります。梁と差鴨居の間にある1mほどの束が立っている部分も同じように筋交を施工しています。小屋組はさらに高く続きますが、その上の段にも、さらに上の段にも同じように筋交や合板を用いて耐力壁を構成しました。地震力はこの連続する筋交面を伝達して最終的には地面まで到達します。この連続性を作ることが何よりも大切です。
24ミリ合板を用いて屋根から耐力壁への力の流れを整える補強する
プランの関係上、小屋組の構面と1階間仕切り壁の構面がズレるところが発生してしまいました。具体的には図の矢印の部分です。ここでは小屋組を支えるための力を24ミリ合板で作った水平構面を通して、1階の間仕切りまで伝え、そこから基礎・地面へと伝えるようにしました。古民家では和室の周りに縁側がある場合が多いですが、この手法を用いれば縁側の外部に筋交を設け、内側に乗る瓦屋根の受ける地震力を支えることができるようになります。
その他
プランに合わせて柱を抜いた部分では、その柱の両側にある柱に添え柱を建て、そこにあらかじめ梁をかけた後に、その梁の上、抜く柱と同じ位置に束を建てた後に、柱を抜きました。こうすることで、柱を抜いても上部屋根構造を痛めることなく新たな力の流れを生み出すことができます。もちろん不意の地震などに対抗するため、上部屋根構造の荷重を分散させたり、動きを拘束するための補強を行なったことは言うまでもありません。
この計画では、木舞土壁を落とし、新たに木ずり土壁を採用しました。こうすることで筋交を適正に施工することができるだけでなく、充填断熱も施工できます。古民家という古い意匠を受け継ぎながらも、今の時代に合わせた快適な暮らしを実現するための工夫を実現することを目指しています。
文章:増井真也(執筆:別冊67号「民家の再生と創造④」)