今日は祖母の通夜、こんな時期なので身内だけの葬儀とした。15時ごろ納棺を行うというので、その前に茶道の稽古に行った。何となく仕事をしている流れを一度断ち切って、亡くなった祖母に濃茶を一服ささげてから通夜に行こうと考えたのだが、そんな僕の考えをくんでくれた先生は真の行台子のお稽古を勧めてくれた。このお点前は奥伝と言われるものであんまり思い付きでやるようなものではないのだけれど、でもこういう時だからと言う事であえて選んでいただいたのかなあと真剣にお点前をさせて頂いた。約1時間の正座である。僕のような凡人にはそれだけでも苦行、さらに奥伝となると集中せざるを得ない。でもそれがいいのだ。
何となく心を落ち着け、15時過ぎ葬儀場に着いた。納棺など初めての経験である。緊張の中指示を受けながら棺に納めると、改めておばあちゃんが亡くなったんだなあの実感がわいた。98歳、施設に入ってからはあんまり会う事もなくなってしまっていたが、僕が小さなころは鋳物屋の娘らしく、日本舞踊を教えたりの活発な人で、いつも人が周りに集まっていて本当に気丈で優しい人だったことを思い出した。小学生のころまではよくおばあちゃんの家に預けられたから、一緒に食事をしたりの夜も多かった。昔の女性の風習だろうか、おじいちゃんが食事を終わるまでは席に着かずに何かを造り続けていて、僕達が食べ終わると自分はさっと食事を済ましている様子が今でも目に焼き付いている。
18時ごろになると親族が集まってきた。久しぶりに見る顔ぶれに懐かしさを感じる。こんな時にしか会わないひともいるけれど、こんな時に会っていればお互いの安否の確認位はできるものだ。冠婚葬祭を行うことはそういう意義もあるのだと思う。親戚が集まると機械屋さんやら木型屋さんやら、とにかく職人ばっかりである。やっぱり僕は鋳物の街の生まれなんだなあと思う。そして何の因果か僕もモノづくりをやっていることに運命的なものを感じたりもした。
式が終わり、皆が帰りだす。最近は朝までお線香・・・ではないらしい。僕たちも葬儀場を後にした。明日は告別式、寂しさとなつかしさを感じつつ、家路についた。