昨日から二日間、京都に来ている。毎年恒例の裏千家の会議に参加しているのだけれど、今年は少々大きな目的があって、来年の5月に京都で開催する全国大会において北の大茶会のような茶会を開催することとなったわけだけれど、その会場の設営という役を頂戴したというなかなかにハードなお仕事があるのだ。
秀吉の開催した北の大茶会はいわゆる野点の茶会であったり、即席の茶室の中での茶会であったわけだが、今回の会場はみやこメッセというイベント会場である。殺風景な展示会場に大小のブースを設えても、なかなか趣を感じるような空間を構成することはできないだろうし、しかも予算はあんまりかけることはできないというから何とも難しい。商業イベントのように大きな予算を使えるはずもなく、ということは参加者が気持ちを込めたボランティアの枠を少々広げていってみんなで造る茶席群とするしかないわけだ。まさかこんなところでもセルフビルドの指揮官をやるとは思っていなかった。でも僕はきっとセルフビルドと切っても切れない運命なのだ。
そもそも、茶室は本来そんなものであるという気もする。藤森照信先生だって、利休の待庵について、大山崎の合戦のさなかに秀吉の要望で急遽茶室が必要となり、たまたま見つけたお堂の一部を襖や雨戸を切って間仕切り、躙り口などの出入り口を設え茶室としたという説を書いているし、そもそも侘び寂びというもの自体が、そういう仮設的なものに心を込めて一期一会の空間を造り上げる行為のイメージであるように思うのである。
現代における茶室は、侘びた風情を造るために高価な材料をそろえ、詫び寂びを気取ったぼったくりの合成空間となってしまっているものも多いように思う。でもそういうことを続けていけるほどに茶道人口も多いわけではないし、そもそもそういうことをやってきてしまったから茶道人口が減ってしまっているようにも思う。心のこもった空間を自分たちの力を注いで作り上げる、そんな原点の茶室群ができるように進めていきたいなあと思う。