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増井真也日記

大きな意味を感じさせる装置としての建築の可能性は昔も今も変わらないような感じがする

2022/09/17

今日は九段下にて会合に参加した。駅を降りてしばらく歩くと靖国神社がある。帰りがけ、夕日に染まる神社の鳥居を見た。何とも綺麗な光景である。なかなかお参りに来ることはないけれど、かつての戦争で亡くなられた方々の慰霊に対しての感謝の思いを感じる瞬間だ。こういう心を揺さぶるようなイコンとしての建築は既に存在し得ない時代となったと言われるが、果たしてそうであろうか。日常のスケール感から外れ、大きな意味を感じさせる装置としての建築の可能性は昔も今も変わらないような感じがする。いくらバーチャルの世界が進化してもやはりリアルには叶わない。だって人はリアルに生きているのだから。

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