元号が平成から令和に代わると発表されて数日が経つ。初めて聞いたときは、令という響きに何となく違和感を感じたりもしたけれど、予想通り、すでに令和という言葉の響きが体になじんできているような気がする。人間の体というのは予想以上に環境に適合する能力を秘めているものだ。日本の外務省はこの言葉の英訳として「beautiful harmony」という英語を当てたという。美しい調和、なんとも良い響きだ。今の日本社会でみんながもっと大切にしなければいけないと考えているけれど、最も不足しているもののような気がするものではないかと思う。
和という言葉は、僕が最も大切にしている言葉である。茶道の世界には和敬清寂という言葉があって、その中にも和という言葉が使われている。他との調和を大切にすること。他を敬うこと。清らかな心を持つこと。そしてどんなときにも動じない静かな心を持つこと。言葉で書くのは簡単だけれど、特に最後の寂という境地に至るには、まだまだ人間としての何かが足りないような気もする。この国はこれからどんどん外国人が増えていくし、そういう状況を平和に維持するためには、どんどんアメリカのようなルールによって成立する社会になっていくのだと思う。ルールによって縛られる社会は一見平和に見えるけれど、ひとたびそのルールを維持する強制力にほころびが見えたりすれば一瞬にして暴動などの悲惨な状況に移行する危険をはらんでいる。だからアメリカの警察は銃に頼らなければ強制力を正常に維持することができないのだろうし、頼りすぎるからこそそれに対する反感が清浄な強制力の執行を難しくもするのだと思う。
社会の維持が難しくなるからこその「和」なのだ。僕たち日本人がこの心を大切にしなければ、いったい誰が大切にするというのか。
良い元号ができたと思う。僕にとって3つ目の元号だけれど、大切にしていきたいと思うのである。