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増井真也日記

今日で45歳を迎える。

2019/11/01

今日で45歳を迎える。なんだかいつの間にか年を取ったなあと感じる年が多いのだけれど、45歳というのはそういう感覚になりにくいようで、今年は全く自分の年齢を感じることはなかった。男性の厄年は、25歳42歳と続くけれど、特に大厄と呼ばれる42歳は良くないことが起きる可能性が高いといわれている。加齢による体調の変化とか事故などのアクシデント、この年齢だと子供に関する悩みをあるかもしれないけれど、とにかくいろいろなことを背負っている年齢の始まりのころであるからして、トラブルも起きやすいのかもしれない。そしてその厄年を、多少の健康問題を感じながらも禁煙をしたりの努力の末に、なんとなく無事に通り過ぎることができた僕の場合、45歳になって改めて感じるプレッシャーというものは少なくなってきたのかなあと思うのである。

近所の旧知の75歳の元千葉大学の教授からお母さんの避難器具の製作を相談されている。木造2階建ての住宅内で、水害の発生時に垂直非難をする際にお母さんをおんぶして階段を上がることは厳しい。避難場所に避難をするにも実際に事前の避難をすることができるかどうか不安である。先日の水害の時に、足の不自由なご主人が奥様に世話になったなあの言葉を残し他界したというニュースがあったが、老々介護の状態の家庭では、深刻な問題なのだ。木造住宅の床に穴をあけることは比較的たやすい。2階の天井からチェーンブロックをたらし、ワイヤーモッコで釣り上げれば滑車の原理を利用し小さな力でも垂直避難が可能である。しかもアマゾンで250キロのチェーンブロックを探してみれば、1万円以下で購入することができるではないか。これは安い避難装置だ。

僕と元教授の出会いは18年前である。まだ駆け出しのころに、珪藻土っているのはこんなに健康に良いですよという文章を書き、家庭のポストに勝手に配布させていただいたものを呼んでいただき、当時東大生だったお嬢様からご連絡をいただいて、実際に珪藻土のリフォームをさせて頂いたことがきっかけだった。そのお嬢様は、現在アメリカで弁護士としてご活躍である。奥様は順天堂大学の先生だったがすでに他界された。長く同居していた長女はご結婚して家を出られたようだ。一家でのにぎやかな暮らしを経て再びお母さんと二人になって、それでもこうしてご相談いただけることに何となくありがたさを感じる。住宅に係る建築家は町医者のごとき存在であると思っている。建築を造るという実業を営みつつも、思想を重んじ、ことにあたるときには意を決して実行にあたるというスタンスはとても大切に思う。

小林秀雄の言葉にこんなものがある。
「実行家として成功する人は、自己を押し通す人、強く自己を主張する人と見られがちだが、実は反対に彼には一種の無私がある。空想は孤独でもできるが、実行は社会的なものである。有能な実行者はいつも自己主張より物の動きの方を尊重しているものだ。現実の新しい動きが看破されれば、直ちに古い解釈や知識を捨てる用意のある人だ。モノの動きに準じて自己を日に新たにするとは一種の無私である。・・・」

町医者的な建築家は、まさにクライアントの意向や時代の要請に合わせて、行動の内容を変化させる必要がある。というよりも建築家という職能自体が芸術と時代の要請とにこたえつつ、人々の生活を豊かで安心なものとすることが求められているのだから当然といえば当然なのだ。意識的で思想を持つ人間でありたいと思うと同時に、無私の精神を備える建築家としてこれからも誰かの役に立っていきたいと思うのである。

今夜は、恩師の石山修武先生と会食をした。世田谷村地下実験工房の近くにあるイタリアンで二人でワインを2本も飲んでしまった。なんだかこれはこれで思い出に残る誕生日となった。

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