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増井真也日記

今日で震災から10年がたった。

2021/03/11

今日で震災から10年がたった。津波、福島の原発の爆発、これまで見たこともないような現実と向き合う中でいろいろなことを考えたことを思い出したが、あのの時考えたことの多くは既にどこかに無くなってしまったような気もする。突然陥れられた非現実的な現実のなかでしか思うことが出来ないこと、そういう事を普通の日常の中で意識することは意外と難しいのだと思う。

10時、埼玉県さいたま市にて設計中の茶室打ち合わせ。28坪ほどの土地に建蔽率ぎりぎりの16坪ほどの床面積を確保し、茶事ができる4畳半とお稽古ができる8畳の茶室を考えている。4畳半は裏千家の又隠茶室をイメージしているのだが、やっぱり躙り口から入るのがいいかなあと言う事で玄関周辺の土間を路地に見立てた設計とした。

玄関を入るとすぐに3畳ほどの待合がある。待合には小さな床の間があり、軸や花を飾ることが出来るようにした。3畳の待合からまた玄関に戻るとそこには蹲があって、そのまま躙り口へと向かうことが出来る。躙り口を入ると上座床の茶室となっている。躙り口の上には路地に見立てた玄関に面して連子窓を設けた。路地をまっすぐ進むと8畳の入り口がある。ふすまを開けるとこちらも上座床の8畳間である。南側に面する壁には一面に障子を設け明るい空間とした。風炉先窓はあまり開けることはないけれど、その向こうには思い出のツバキが植えられている。

水屋はなるべく広くなるように設計した。いわゆる水屋とその横にミニキッチン、茶事の配膳が出来るカウンターも設ける事にした。トイレの前にはかぎのかかる袴脱ぎ、これは男性にはとてもありがたいスペースである。2階には様々な道具を保管する倉庫スペースを設ける事とした。茶道具はついつい増えてしまうのでこういうスペースはとても大切だ。茶室は空間と共にその人の動きを設計するのが楽しい。広大な庭があったりの条件でなくとも工夫次第で何でもできる。限られたスペースの中でどの様にスムーズに茶事が出来る空間を生み出すことが出来るかの想像こそ設計の醍醐味のような気がするのである。

夕方、スタッフを招いて自宅で茶道教室を開始した。震災から10年を経たこの日を境に月に1回だけだけれど僕がこれまで経験させていただいた茶道を誰かに伝える事にした。僕が茶道を始めたのは2010年の10月、ここまで辞めずに続けたのだからそろそろ誰かに伝える役割も果たすべきのような気がする。まだ早いかもしれないけれど、でもこういうことを始めてみないと自分自身もこれ以上成長しないような気もするのである。

初めての稽古、一体何を教えたら良いのやらということで、まずは一服のお茶をふるまうことにした。炉に炭をおこし湯を沸かし、その湯で点てた薄茶を一服飲む、まずはそこからスタートした。お稽古中の話はどうしても茶室の話になってしまう。でもこれは仕方がない。だってその専門家なのだ。そうだ毎回一つの茶室について紹介してあげるのもいいだろう。割り稽古は確か盆略点前の部分的な指導だったから僕もそこから始める事にした。今日は袱紗捌きを教えたが、次は・・・。やっぱり人に指導するのはなかなか難しい。これまで以上に勉強しないといけないなと思う。

いつまた大きな災害が起きるかもしれない。その時に誰がどんな風になるか、そんなことはだれにもわからない。僕が好きな言葉にトゥインビーという人の言葉がある。
「理想を失った民族は滅びる」
「歴史を失った民族は滅びる」
「物の価値をすべてと捉え心の価値を失った民族は滅びる」
僕にとって茶道はこんな言葉に心を動かされて始めた行為だ。そして建築を通してそれを行う場を造る事もまた大切な行為だと思う。自分が大切だと思う事を行う事、それ以外にいつ起こるかわからない災害に備える行為など存在しない。だってずっとどこかに隠れていても仕方がないのだ。まずは月に1回のお稽古、これを一年間続けてみようと思う。

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