今年はコロナがきっかけで時間が出来たので、キャンプやカヤックに多くの時間を費やすことが出来た。普段は仕事でばたばたしていても、ひとたび自然の中に身を置いてたき火をしたり、川の流れを眺めたりしながら過ごしていると、時間の流れが変わったなあと気が付く瞬間がある。別に本当は何も変わっていないのだけれど、でも明らかに切り替わる瞬間があるのだ。
時間には2種類が存在する。
1つは普段の日常の時間、つまりは様々な事情に追われてめまぐるしく移り変わる現代人特有の時間。そしてもう一つは、「今」しか感じないようなもう少しゆったりとした時間である。
川下りをしていると岩の上に立ってじっと水面を見つめているシラサギに出会う。シラサギは川の中を泳ぐ小魚を見つけると、食糧を得るための狩をする。成功することもあるけれど、その多くは失敗だ。魚だって自分の命を守ることに必死なのである。そうやすやすとつかまるわけはない。だから成功するまでじっと岩の上に立っている。
そういう様子を見ていると、ふと鳥たちの行動には無駄が無いことに気が付く。人間みたいにただ遊びのために川下りをしたりの行動は存在しない。人生について思い悩むこともないだろう。あるのは生存へ結びつく直接的な行動だけだ。この直接的な時間の費やし方が、僕たち人間で言うと子供時代の過ごし方に似ているような気がする。今この時を精一杯楽しく過ごす、友達と遊ぶ時間もそうだし、絵をかいたりして過ごす時間もそうだけれど、過去とか未来とかをそれほど深く意識しない自然体の感覚、まさに今を生きるという状態に似ていると思うのだ。僕たち人間はある時から、日常の様々なことに追われてゆく時間を優先して、このもう一つの時間をどこかに忘れてしまっていることが多いのではないかと思う。
日々の暮らしの中でこの忘れてしまったもう一つの時間を取り戻すこと、それが僕にとっての自然だと思う。川を下っていると自分の意思ではどうにもならないスピードで川下に自然に流されていく。様々な鳥たちと出会うけれど、川の流れに従ってとどまることはできない。まさに今の繰り返しの中では、携帯電話は使う余裕はないのだ。まさに、何も生み出すことの無いただ流れてゆく時を取り戻すという事なのである。
あと一日仕事をしたら、今年最後のキャンプに行く予定だ。那珂川の流れる音を聞きながら過ごす時間がとても楽しみである。

