価値について考えていることを日記に書いた。変わらない価値とは何かを考えると、果たしてどんなことを思い浮かべるだろう。近年の家造りでは環境問題に配慮した断熱性の強化とか、省エネ対応などが注目を浴びている。建材メーカーが競って作る装飾仕上げ材などは多数ある。でもこういう価値は時間とともに大きく変わる価値である。今は新しいものも5年たてば古くなる。この価値の劣化スピードは車に似ている。車の価格が、3年3万キロでで大きく変化することは以前の日記に書いたとおりだ。つまり3年で価値が半減してしまうのである。
欧米の家は長く使われる歴史がある。それはなぜか、そこには時間の変化とともに変わらない価値があるのだ。時間とともに変わらないものとは、それは光である。すべてのものは変化するが、光だけは変わらない。魅力的な光を伴う空間はそのほかのすべてが劣化しても、変わらぬ魅力を持ち続ける。光を扱うことがずば抜けてうまかった建築家にルイス・カーンがいる。彼が1967年に造ったフィッシャー邸にはいくつもの魅力的な窓がある。この住宅は杉材でおおわれた二つの立方体が45度の角度で連結されており、道路側にはほとんど窓が設けられておらず、両サイドと庭側に大きな羽目殺し窓と開閉可能な窓が組み合わされている。
写真は食堂型北側の窓を見る様子である。大きな羽目殺し窓の横には開閉可能な木の窓が設けられている。表層の汚れ、木の劣化、そういうものはメンテナンスすればよい。でもこの窓から見える北側の変わらぬ光、それだけは変わらぬ価値と言えるのではないか。日本人は変化する価値に慣れすぎてしまっている。マスコミや広告によって造られる価値に心を奪われる方が本質的な価値を考える夜も簡単だし、ともすると金額の高いものが価値であるような錯覚に心を奪われがちなところもあるように思える。でも、実は変わらぬ価値とは意外に身近にあるものかもしれないし、身近にあるものを魅力的に感じるように制御することこそが本質的なデザインによる価値の創造とも思えるのである。
