津田寛治様邸に関する手記③
「実は昔は水道工事のアルバイトをしていたこともあるんです。小さい現場だと、親方が途中でほかの現場に行ってしまって、庭の裏の土間コンクリート工事を任されたりするんです。そういう時にコンクリートの金鏝仕上げをやったりするのは病み付きになります。コンクリートとか土壁、粘土、あと鉄がさびた様子などは取りつかれると病みつきになるんです。そういうことに取りつかれて仕事にしている方は本当に幸せだなと思います」
津田さんは家づくりの最中もとても熱心に自分の希望を担当者の田村に伝えて、まるで自分が設計者のように参加していた。
「映画を作ることと、家づくりはとても似ていると思います。僕は映画監督もしています。本業は俳優だから、異業種監督と呼ばれるんですが、この異業種監督の場合は本当に家づくりに似ていると思います。つまり映画監督は、家づくりの場面のお客さんみたいなものなんですね。専業の映画監督ではないから、撮影などに関する技術は何も知らないけれど、いろんな映画とか本を読んだりして、すごく知識はあります。そしてこんな映像を造りたいという強い思いはあるんです」
「家を建てている間は、自分の家というよりも一つの作品作りに参加している感じでした。この家の特徴は先ずは大きなウッドデッキ、そして斜線制限の関係で屋根がとんがっているところですね」「基本的に家づくりは妻にお任せと思っていたんですが、あるとき「往々にして旦那は意見を言わないけれど、それがだめな家をつくてしまう原因である」と何かの本に書いてあったのを読んだんです。それで口出しをするようにしました」
「思い出に残っているのは、外壁に丸い窓を配置したことと、玄関のトイレのところに同じ大きさの丸い窓を開けたことですね。担当者の田村君に丸い窓を開けてって言ったら、始めは小さい窓の絵が描かれてきました。そうじゃないと思ったので、大きな窓をつけってって言ったら、どーんとつけてくれた」「これも映画監督と似ていると思う。映画監督がああしてこうしてと言って、現場のスタッフが一生懸命頑張ってくれて、思った通りの画が撮れた時と同じなんです」