10時、埼玉県川口市にて洪水時の在宅避難施設の設計中のIさん打ち合わせ。本当なら昨年中に出来ているはずだったのだけれどこういう建築はやっぱり難しい。いつの間にやら2021年になってしまった。ここに至る経緯を思い出してみると、まず最初に2019年の台風13号の際に福島県で1階にいた寝たきりのお爺さんが亡くなったことが引き金となった。老老介護のご夫妻で、ご主人が奥様に俺は良いから一人で逃げろの言葉をかけお亡くなりになったという悲惨な事件を見て、なんとか家の中で力を使わずに逃げることができないかのスタディーが始まったのだ。僕たちはまず最初に、停電時でも軽い力で人を2階に持ち上げることができるための装置を開発した。場所は「押し入れ」の中、非常時にチェーンブロックで2階の押し入れに移動できるという装置である。初めはもっこという包み込む布によってIさんのお母さんを引き上げる装置を作ったが、やっぱり車椅子のまま上に上がれた方がいいだろうという意見もあって、箱を釣り上げる方式に切り替えた。これで2階までは上がることができる。問題はその先だ。2階の床は地上から3m、洪水時にはさらに1mほど上に上がりたい。そのためには、家の外に塔のようなものを作ればよい、その思いで考えられたのがこの避難観測所である。なんとか今年こそ、完成まで漕ぎ着けたいと考えている。
13時30分、川口グリンセンターにて大集会堂の改修工事打ち合わせ。今日は基本設計の進め方などについて意匠・構造・設備それぞれの項目について確認を行なった。この建物は築50年の公共建築である。元々この建築は、川口市で開催される国体を今の天皇陛下が皇太子様だった時代にご覧になる際に、川口市に宿泊するための施設として作られたものだ。もちろんそれで解体するわけにもいかず、そのあとはレストランや結婚式場として利用されてきた。今60歳以上の川口市民の中にはここで結婚式を挙げたという方が多くいる、そんな施設なのである。
数年前のある一時期、この古い建物は取り壊されるという話がまとまる寸前までいっていた。設備も古い、様式も洋館建築という具合に今の流行のスタイルには程遠い異建築だから仕方がないのかもしれない。でも僕にとってこの建築はとても思い入れのあるものだった。それはなぜかというと、天皇陛下がお泊まりになった部屋を記念館にするための改修工事を僕がやったからである。たったの5年前にそんな記念すべき工事をやったのに、もう壊すの?の疑問は当たり前である。当然ながら保存すべきの声を上げ続けた結果、保存及び利活用のコンペが開催された。そして僕がこの改修計画を任されることになった。だから一生懸命やらなければ行けない。
僕はこの施設の利用法についてワークショップを開催しようと思っている。メンバーには川口市内で木のおもちゃを作っている方、カフェの運営をしている方、地元の街づくり協議会を運営している方などなど、こうした方々が市民公園の中で何をしたいかを抽出し、そういう活動の拠点となるような場所としてのシャトー赤柴大集会堂のあり方を探り、この先も長く使われ続ける建築として生まれ変わることができたらなんと意味のあることかと思うのである。