朝一番、ゲストハウスにてミーティングを行う。
石山先生を囲むレクチャーは、スイス人のトニーハーゲンが書いた「ネパール」の紹介から始まった。トニーハーゲンは、ネパールの人々に対して尊敬の念を抱きながら、その暮らしのようすを調査研究していたという。その後ネパールのカーペット産業を興したそうだが、それもとても丁寧にネパール人のためにやったそうだ。
続いて道の話に移る。ネパールにはいくつかの道がある。一つはシルクロードで、天山南路と天山北路というヒマラヤのあちら側とこちら側の二つの道がある。もう一つの道はコチャサバドウという茶の道である。他には塩の道というのもある。モノを移動するには道がいる。ネパールはインドと中国に挟まれて海を持たないから、陸路の様々な道が機能していたのだろう。まるで島国のようなこの国は割と最近まで鎖国をしていたそうだ。日本と同じである。鎖国をしていたからこそ、道もそこしかない際立ったものになっていたのだと思う。
終了後、僕と田村君と息子の3人で井戸の清掃作業に立ち会う。井戸と言ってもいわゆる日本の井戸のようなものではなくて、イタリアのローマにあるトレヴィの泉のようなもので、この国の街のあちらこちらにある憩いの場だ。ここは生活用水を獲得するために利用されていたようだけれど、いまではあまり使われることなくヘドロがたまるごみためのような状態になってしまっていた。すでに石山先生たちが大方の清掃を終わらせてくれていたので、僕たちはレンガの彫刻部分の細やかな清掃を行うこととした。掃除をしていると町の人がとても興味深そうに僕たちを眺めている。遠くの国からやって生きて、自分たちの国をきれいにしようとする姿はとても珍しく映ったのであろう。


この井戸掃除は今回の訪問の一番の目的である。日本の戦後とバブル時代が一度に訪れてしまったような状況の中で、土ぼこりや捨てられたゴミなどが散乱する道路はとてもひどい状況だ。井戸だって憩いの場などと呼ぶには程遠い状態である。現地の人の心には自分たちがそれ自体を世界中の人々に誇れるくらいの世界遺産の素晴らしいところに住んでいるという自覚が薄れてしまっているのである。異邦人の僕たちが一生懸命掃除を行い、それを見た現地の人たちが自ら清掃活動を始めたらどれだけ素晴らしいことか。この国の素晴らしい未来の一助になることをめざして活動に参加した。
1時間ほど作業を行い、ゲストハウスに戻る。
午後は、ラックスマンさんが運営しているチベット難民の自治区にあるギャラリーLAにて早稲田大学の渡邊先生によるレクチャーに参加。

その後はゲストハウスに戻って、石山先生、中谷先生、そして上海の趙さんと一緒に王宮前のダーバースクエアという広場を見下ろすカフェ・ド・テンプルのルーフトップレストランにて会食を行った。
