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増井真也日記

2023/05/04

東北の旅二日目。朝3時37分に目が覚める。外はまだ暗いけれど、今日も良いお天気だ。僕たちが泊まったクリコマ荘というのは栗駒山の登山口の近くにある。標高は結構高く、まるで山小屋のような趣だ。迎えてくれた亭主の人柄だろうか、とても暖かい雰囲気の宿であった。外が明るくなった頃ちょっと車を走らせて栗駒山の見えるところまで登ってみた。活火山特有の硫黄の匂いがする。山頂付近にはまだ雪が残っているが今日は登山者の姿は見えないようだ。山小屋のようなところに来るといつも思うのだが、このような場所に来て宿を経営するというのはどんな感覚なのだろうか。その代表的な存在としてかつて尾崎喜八の戦争疎開のための小屋を購入して、入笠山の草原の横に山荘を営んでいた夫婦を思い出す。数年前の火災で小屋はなくなり、後を追うようにして木間井さんというご主人も亡くなってしまったけれど、そこには一種のユートピアがあった。自らの手で作る理想郷、人里離れたところにある自分らしい暮らしの場があった。セルフビルドで場を作り続け、それを求めて来訪する人々がいる。観光というものでもない何かを求めてくる人々である。その何かがここにもあったような気がする。

食事を終えて、今日の最初の目的地、毛越寺に向かった。ここは仁明天皇の嘉祥3年(850)、天台宗の高僧、慈覚大師が創建したと伝えられている。この寺にある浄土庭園は平安時代末期に作られたものだとされる。その周りにあったであろう建築群は消失してしまっているが、庭園だけはその姿を残している。桂離宮にある浄土庭園と同じ、戦乱の続く世の中にあって小さな理想郷を作り、そこに舟を浮かべて時を過ごすための場所である。写真は丸石が敷き詰められた洲浜で見る場所によって形が変わるように工夫されている。浄土庭園は全てが見渡せないように作られていて、しかもさまざまな景色が生まれるようになっているのが特徴である。池の中には橋を支えていたであろう礎石があったり、家の周りにも建屋を支えていた礎石が散らばっている。礎石を見て当時の建築を想像するには少々の経験がいるけれど、境内には復元予想の絵もあるのでご安心いただきたい。

続いて中尊寺周辺散策を楽しむ。流石に連休中ということでだいぶ人が多い。今日はかつて義経の館がありこの場所で自害したとされている義経堂を訪れた。

今日の宿泊は青森県の野辺地町である。平泉からは約200キロの距離だ。実は青森県に足を踏み入れるのは初めてのこと。だからなんとなく新鮮に感じる。まず感じたのは森の深さである。山のまた向こうに山がある、逆にいうと人が少ないということなのだろうが、こういう景色は長野や山梨の山系では見ることがない。かつて蝦夷と呼ばれた人々が暮らし、中央の朝廷からの圧力に対抗しながらも独特の文化を作り続けることができたのは、この距離のおかげであろう。今のような交通手段のない当時では、京都と東北の距離は圧倒的なものだったに違いない。では現代社会ではどうであろうか。今でも関東とは違う何かがあるのだろうか?今日から二日しかないけれど、できるだけ街の風を感じてみたいと思う。

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