11月初めの日曜日の朝、我が家の茶室の炉開を行なった。11月というのは茶道にとっては特別な月、ここから一年が始まるお正月のような月である。ということでちょっと丁寧に初炭手前からやってみる。湯が沸くまでの時間は、溜まっている本を読んで待つ。窓際の書院は山桜の木で作った大工さんの手作りである。40分くらいすると釜の水が段々と温められ湯気が上り始める。茶室も仄かに暖かくなる。お菓子と抹茶の準備もできたので、2世帯住宅で一緒に暮らしている母にも声をかけての小さな茶会の始まりである。
自宅に茶室がある意味は、暮らしの中に文化がどう溶け込むかではなく、日常の中にある市井の山居の中で自分が何を感じどのような状態になることができるかである。毎日の喧騒に中に身を置いていると段々と自分の体から何かが溶け出していってしまうような感覚に気がつくことがあるのだけれど、きっと僕以外の人も同じような感覚があると思う。僕は自然の中が好きだから、例えばカヤックをしながら川の流れを見ている時とか、雄大な山の景色を見ながら歩いているときにとても有意義に自分をリセットすることができるのだけれど、そいうことが、埼玉県川口市の自宅にいながらにして可能な環境を作れてしまうことが、自宅の茶室の意味なのではないかなあと思うのである。
自宅にあるMギャラリーでは絵本の読み方講座を開催していたので、そちらの方々にもお声をかけて薄茶を一服差し上げた。お客様からは非日常的な体験をできましたのお礼であった。
