動物が集まる所の中心には水がある。アフリカの砂漠の中の僅かな水場に、ライオンもしまうまもカバも集まる様子はそれを如実に表す。水がなければ生きていけないのである。人間の場合、水の次が火である。火を起こし、その起こした日の周りに集い、野宿する。家はその後だ。僕たちがキャンプをするときも、家はないが火を起こし、雨露をしのぐためにテントをはる。色々揃えることができる状態になると住宅と呼ばれる建築が発生する。住宅の4要素は屋根、壁、火、床である。要するに周りを囲って、火を入れるということだ。
茶室は一つの小さな部屋の空間の中に火=炉を入れているがこれは利休の時代から始まったものだ。ちなみにそれ以前はどこか別の部屋からお茶を運んでいたらしい。畳敷の部屋の中に火を入れるなどはそれがなかった頃に初めて発想するとしたら、かなり大胆な型破りだったに違いない。侘び茶の成立ともに生まれたというが、なぜそうなったのだろうかの疑問に答える論を見たことがない。
侘び茶の時代以前は自分で茶を点てるのではなく誰か他に使用人がいたという。自分で客をもてなしながら茶を点てようとすると、他の部屋に火があったのでは客を一人にしてしまうことになる。だったら部屋の中にいろりのように湯を沸かす場所を作ってしまえ、ということなのかもしれない。
茶室で釜の湯を沸かすと、釜なりの音がする。松風とも言われるが、しゅーと音がする状態がちょうど良い湯加減だ。下は僕の茶室の炉で湯を沸かす様子である。薄暗い茶室の中で炭の燃える色は赤く輝き、松風は静寂のなかで唯一の音となる。これはなんとも言えない風情がある。薪ストーブも好きだが茶室の炉も良い。これには共通する良さがあるのだ。人が最も落ち着き、最も語り合うにふさわしい場をデザインしたとき、炭と釜の二つを取り入れるアイデアが生まれた、というのがおそらく本当のところだろう。火を囲みながら語り合う、外では寒いから一応の囲いを用意する、その囲いは最小限空間で良い、それが侘び茶の茶室なのだと思う。
