
東京都文京区にて木造1棟貸家とオーナー住戸の工事を行なっている。古いご実家を壊しての建て替え。建築を残すことも考えたけれど、残せるほどの良好な状況でもない。とても良い立地条件なので、当然のことながらSハウスやS林業のアパートなどの計画もしたわけだけれど、世の中にこれだけたくさんの空き家が余っていて、退職年齢で数億円の借金をして、そんなものを作る気分にはなれない。それならば将来もしかしたらお嬢さんが住むかもしれない、そしてもしかしたら相続の時には分割して売却することもできて、それまでは家賃収入で生活を支えてくれる、そんな貸家を作って欲しいという計画であった。
建築は母屋も貸家も30坪ほどの木造2階建て住宅とした。アパートを建てて更なる住宅過密状態を作るのではなく、逆に、建物をすきとった結果の原っぱを生み出すことを心がけた。東京のど真ん中で、目の前に原っぱがあって、その原っぱを自分たちで整えていく暮らし方、山登りの仲間のKさんへの提案として僕が出した答えである。
昨日解築学のコンペのことを書いた。これがどうも引っかかる。松村先生のコンペ趣旨には「昔は原っぱがあった・・・」と記載されていた。原っぱなんていう言葉を数年ぶりに聞いた。世の中にはたくさんの建築が溢れている。もうどうすることもできないくらいの量がある。壊してしまうと6倍にも上がってしまう固定資産税とか、相続しても壊すことができなかったりの理由で空き家も増え続ける。そんな中でも家づくりを行うものとして、何を考えるべきだろうかの疑問がこの解築学という言葉で、なんとなく晴れてくるような気がした。この原っぱは、ますいいと建築家の佐藤研吾とのコラボで設計を行なっている。完成がとても楽しみである。
