翌朝、小屋を出て車で1時間ほどのところにある登山口へ向かう。今日は往復六時間ほどの軽い山歩きだ。山といってもほぼ高低差はなく、景色を楽しみながらのハイキングといった感じだ。日本だとアルプスにあるお花畑といった風景だが、それが永遠に続いている。日本では見たことのない自然を楽しむことができた。
この国には意外な格差があるようだ。特に純粋なノルウェー人と移民との間にはなかなか埋めることができなそうな差を感じる。小人口の移民国家。移民をうまく取り入れながら国家を成り立たせているのだから、本質的な差はあって当然だろう。でもノルウェー人も移民の側も幸福度はとても高く、国民は幸せを感じている。僕が最初に乗ったタクシーのドライバーはソマリアから来た移民だった。結婚して子供が四人、たくさん稼がなくてはいけないと言いながらもその顔は充実していた。この充実感は一体なんでなんだろう。日本にはありそうでない充実感である。思いつくことを並べてみよう。
政治家は総じて若い。制度は時代に合わせてコロコロと変わる。例えば、ペットボトルや牛乳のプラスチックの口は外れないようになっているのだが、これは法律でプラスチックゴミが拡散しないように決められたということである。アルバイトやインターンシップにも労働基準法が厳しく適用され、日本のように無給のインターンシップは無いそうだ。
贅沢品はとても高い課税がされる。アルコール度数が4.5%以上のお酒は政府直営の店でしか買えない。泥酔のような行為は厳しく取り締まられる。教育や医療が無料の高福祉国家、でもそこには様々な制約があり、それは若い政治家によって合理的に作られている。日本では簡単に見捨てられそうな学生のインターンシップにもきちんとした保護を与え、お金持ちのスウェーデン人からはお酒を買うたびに高い関税を取り、それを福祉で移民を含めた全員に平等に還元する。この感覚が高い納得感を生み出し、それが幸福度につながるのだ。この感覚は会社経営に似ている。国家もこんなふうに経営できるのかという驚きと、それに比べた日本の劣悪な状況に対する嫌悪感が浮かんでくる。やはりなんとかしなければいけないのだ。
