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増井真也日記

ダブルだるま窯

2023/06/01

昨日のつづきである。一昔前の淡路島にはダルマ窯というものがあったという。

「桃山、江戸時代の瓦工の焼いていた黒瓦の多くは平窯であった。この平窯の原型は焚き口が一つで外観は達磨さまが座っている格好であったところから「だるま窯」という俗称が与えられたという。今は全く形が違っているがなるべく多量にとの目的からだるま窯を二つ背中合わせにつけ焚き口を二つにし、横腹から瓦の出し入れをするようになった。淡路瓦も昭和30年代までの多くはこのだるま窯により焼かれていた。」

ということである。この女性の写真だけでなく他にも多くの写真に作業をする女性が写っていた。瓦というのはその昔誰でも使用できたものではなく、庶民の家は茅葺なのど植物性の素材によって屋根が作られていた。そういう高級素材を少しでもたくさん作ることができるようにこのダブルだるま窯が考案され、これまでよりも倍速で生産できるようにしたのであろう。江戸時代というのは色々な工業が進化した時で、漆喰の生産量も格段に増えたと言われている。街並みを描く絵の壁の色が白くなるのもこの時期だ。だるま窯、もう見ることはないのだろうなあと懐かしくなる「もの」であった。

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