ホーム 増井真也日記 今日は、後輩の建築家佐藤研吾さんに茶道の先生をご紹介させていただいた

増井真也日記

今日は、後輩の建築家佐藤研吾さんに茶道の先生をご紹介させていただいた

2025/12/27

今日は、後輩の建築家佐藤研吾さんに茶道の先生をご紹介させていただいた。佐藤くんが裏千家、なんとも楽しみである。

先日は住宅特集にも一緒に出させていただいた。佐藤くんは、作るということに自分の力で取り組んでいる建築家だ。僕が知っているほとんどの建築家の場合、けったいな図面を描くことはできるけれど自分の力で作ろうという人はあんまりいない。でも佐藤くんは違う。ますいいリビングカンパニーの理念である、工務店機能を兼ね備えた建築家を目指しているのかなと思うほどに、自らが作るのである。自分で鋳物をふいたり、自分で木を削ったり、色々なことをやる。こういうことをやる人は職人の気持ちが分かる人だ。いや、わかろうとする気持ちのある人とも言えるだろう。

現代の建築家にとって、「作ろうと思う」という精神は、とても大切だと思う。ほとんどの人は誰かに作らせて終わりだが、作ろうと思う人は自分でできることを自分でやるうちに、自分でできないことをやってくれる職人さんたちに対する畏敬の念が生まれてくる。自分で作ると、強い責任が生まれる。経済的な責任や安全面での責任など全て自分で被ることになる。だからこそ、それを被ってくれる職人さんたちを大切にするようになるのだ。

日本のものつくりの現場では、江戸時代以降江戸文化の興隆とともに、さまざまな職人が活躍してきた。左甚五郎の如きヒーローも生まれたほどに、職人は江戸の花だった。しかし、昭和以降の現代の生産大切ではその個性を消すことに、つまり成果の均質化やマニュアル化というものに力が注がれてきた。その結果、それまでいた名人の概念は薄れ、職人たちはただの組み立て工に変容させられたのである。そして今、もしかすると建築家もその均質化の波の中にいるような気がする。その波は器用に人を飲み込んでいき、皆同じ建築家にしてしまう。

僕にとって、そういう違和感に対する思いをいかに実現するかの行動が、佐藤研吾くんとの協働である。今後この建築には、研吾くん自身の彫刻的な作品が収められることとなる。もしかすると、研吾くんの作品自体が現代版の左甚五郎の如く語られるものになるかもしれない。

 

TOP▲