今日は御岳山神社にお参りをした。御岳山の山頂にある神社で、低山ハイクが目的で初めて来て依頼、なんとなくお気に入りの場所になっている。山頂付近にはたくさんの宿坊が建ち並んでいて、小さな集落を形成している。標高が800mほどのエリアにこのような集落があることも面白いが、ロープウェーを使わずに表参道をてくてく歩いて登っていると、原チャリに乗った女の子にウイーンと抜かされたかと思ったら、その女の子が神社の巫女さんだったりのちょっと変わった出来事に巡り会えることも魅力である。人の暮らしはこんな風にとんでもないところで営まれるから不思議である。この場合は信仰によるもので、これは崖の上に建つギリシアの修道院と同じだろうか。ある信仰があると、人が集まって暮らす都市から離れ、精神的に独立した状態を形成できるであろう場所に暮らすという行為は世界中で行われてきたものだと思う。きっかけは色々なことがあったのだろうが、昔は戦さなどもその大きな要因だろう。主流にたいして反主流、権力に対して独立自由、拝金主義に対して信仰主義、とにかくそういう思いがこのような集落を生み出すのかもしれない。現代のような情報化社会においては、物理的な距離が意味をなさなくなっている場合が生じている。とんでもない田舎に企業の本社移転、なんてことも可能になっている。このような状況における御岳山宿坊の未来とはいかがなものか、今のところそれほど大きな変化はないようだが、僕が気が付かないだけかもしれない。800mの垂直距離が単なる距離とは違う隔たりになっているのかもしれない。
写真はこの場所に何百年も生えている欅だろうか?随分と立派な木であるが、この山には同じくらい立派な木がたくさん残されている。今日は奥の院まで足を運んでみた。だいぶ冷え込んでいて午後になると寒さを感じたので、ここで撤退した。冬の山では無理は禁物である。
