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増井真也日記

ますいいの家づくりとは

2026/01/24

家づくりとは

ある日、僕の会社に50歳くらいのご夫婦が訪れた。なんでも、早期退職でビルのメンテナンスをしている会社を退職し、その会社からもらった2000万円の退職金でカフェ兼住宅を建てたいという。土地はすでに720万円ほどで購入していて、残ったお金は1280万円、それで建設費用を賄いたいそうだ。今から10年以上も前の話である。当時はまだ物価が低かった。それでも、この金額でカフェ兼住宅を作るのは至難の業、ますいいリビングカンパニーに来る前にいろんな会社からキッパリと断られたそうだ。決して悲壮感などない。逆に胸の内に秘めた熱意しか感じないようなお二人であった。とても熱心に話をしてきてくれるご主人、その横でとても可愛らしい笑顔でチョコンと座る奥様、でも絶対に僕に建てさせるんだという、これは逃げられそうもないなあの強い意志を感じた。話をしていると、ご主人が書いた絵を1枚見せてくれた。理想の建築の絵だという。広い敷地を見事に区切り、道路側に駐車場、中央にカフェ兼住宅が建っていて、敷地の奥には星型の花壇、アスタリスクの紋様があった。まるで建築学科の学生が書くような、思いの詰まったパースを見た時に、僕は無性に、この夢の建築を作ってあげたい衝動に駆られた。

「ますいいリビングカンパニーでは、施主自身による工事参加も歓迎しています。セルフビルドに興味はありますか?」と聞いてみると、自分たちでできることはなんでもやるという。すでに会社は辞めている。カフェの実現に向けて、少しずつ気に入った椅子を集めている話、カフェの実現に向けて色々なお気に入りのお店を回って研究している話、そんな話をする時も目がキラキラしていた。そして自分の家を自分で作るの意思もある。何よりも明確な夢を持っている。夢を持っている人間は強い。夢は人に動く力を与えてくれる。建築という夢の実現の場を作ることは、その行為自体が夢の実現に向けたミチシルベに向けて歩むことを意味する。そんな建築を作るお手伝いをすること、これこそが僕にとっての家づくりの意味である。

工事は、ますいいリビングカンパニーが基礎や構造、屋根、外壁などの素人ではできないところを作ってあげて、施主によるセルフビルドをふんだんに取り入れて進められた。2011年、アスタリスクカフェは小さなカフェとしての営業を開始して、2026年の今でも知る人ぞ知る人気のカフェとして埼玉県の川島町の田んぼの中で元気に営業している。

僕たちが作っている家は、いわゆる工業製品化されたハウスメーカーの家づくりでもなければ、一部の建築家が行うような自己の表現に偏り過ぎた奇抜なデザインの家づくりでもない。僕たちが目指しているもの、それは「施主の夢を実現するための自由な家づくり」である。今の時代は、家がモノスゴク余っている。住むための場所を探すだけなら、わざわざ新築を建てる必要などない。戦後、大量に人が暮らすための場所を作る必要があった時代に生まれた住宅建築のプレファブ化という技術は、すでにそれほど意味を持たなくなった。そんな時代に、多くのお金を払って、ローンを組んでまで自分自身の家を建てる意味とは何か、それは自分らしさを実現できる場、家族の団欒を実現できる場、子どもの成長を見守ることができる場、ゆったりとした老後を送ることができる場、そういう夢の暮らしを送る場を作り上げることにある。そしてそれを実現するには、チョットした工夫が必要である。僕はその工夫を26年間やり続けてきた。そしてこれからもそれは続く。それが僕の人生だ。それこそがますいいリビングカンパニーの家づくりである。

家づくりの夢を描くのは施主である。良い家づくりには、良い家につながっていく施主の夢が何よりも必要だ。夢は具体的である必要はない。建築の姿を示すものでなくても良い。でもそこで何をしたいか、どんな暮らしをしたいのかというイメージは、わかりやすい方が良い。だってそのイメージをもとに僕達は図面を描くからである。お金はソコソコあれば良い。全くないのは困るけど、良い家ができるかどうかは、実はお金の額で決まるものではないと思っている。限られた予算の中で、夢を実現するために無駄を削るための方策を考えて、職人さん達にも協力してもらって作った家の方が、湯水のようにお金を使った家よりも良いことが多いのだ。(マア、そんな経験はないのであるが。)
でもそれだけでは家は建たない。家は、ネットから集めた知識だけで建つようなものではないからである。実際の家づくりは、素材となる木を伐り出す木こりさん、それを加工して柱や梁といった構造を組み立てる大工さん、大地の上に基盤となる基礎を作る基礎屋さん、屋根を葺く板金や瓦の職人さん、壁を塗る左官屋さん、さまざまな配線や配管を行う設備屋さんなど、多くの人々の知恵の交流と、共感と、信頼関係の積み重ねがあって、初めて出来上がる。こうした関係は一朝一夕でできるものではない。ソシテ作ろうと思ってもなかなかできない。信頼できる理想的な職人さんがどこにいるのかわからないところからのスタートである。例えば木こりさんという職人さんが、皆さんの友人で一人でもいるだろうか。少なくとも僕には一人もいなかった。山とつながる家づくりがしたいナアという思いを、実際の山に繋げてくれた恩人がいたからできたことである。例えば左官屋さん、土壁や本漆喰のような伝統構法を熟知して、現場の状況に合わせながら臨機応変に施工することができる左官屋さんの友人なんて一人も知らなかった。そもそも、そういうものの価値すら知らない時もあった。でもその価値を教え、そういう左官屋さんに繋げてくれた恩人がいたから、僕はいつの間にか左官の研究者にまでなることができた。大工さんも同じである。ますいいには、社員大工さんがいる。僕たちと同じ組織に所属して、一緒の家づくりを行うことができる大工という仲間との出会いは何よりも大切なものだ。本当に良質な人と人の関係は、長い活動の積み重ねの中から紡ぎ出される、「ご縁」によってしか生まれない。良い家を作ろうという意思のもとに集まった「ご縁」、これこそが良い家づくりには絶対に欠かせないもう一つの条件の一つだ。
 そして、こうした多くの職人さん達に、この家を作り上げるための方法を示すのが設計図である。設計という作業は、それくらい大切なものなのだ。僕たちは、施主へのヒアリングを通してボンヤリとその夢を思い描く。次に敷地を訪れて、実際に家が建つサイトを見るのだが、それはこれまでのボンヤリが、ハッキリとした形に変わる瞬間となる。頭に浮かぶ建築の形を2次元の図面に落とし込んでいく。平面プランを考えたら、それを立体的に断面化して、それを外から見た立面図に繋げていく。内側から見た展開図を書きながら内部空間を想像し、それを模型にしてみてはまた図面に立ち返り修正する。気に入ったものが描けたら施主にプレゼンする。その場でいただいた意見をもとにまた同じ作業を繰り返す。理想的な住宅を完成させるためには、時には鉄骨階段などの部材も使う。それを製作するディテールはさらに難しい。それはとても一人で描けるものではなく、技術と技能を兼ね備えた職人さん達のアドバイスを聞きながら描きあげていく。こうした作業は、ある程度のマニュアル化をしないと出来ないから、モデルハウスの図面をみんなで参考にするマニュアルとしてスタッフ全員が持っている。ますいいでは、この設計という行為をとても大切にしている。僕たちにとっての設計とは、ただ単に線を引くのではなく、施主の持つ夢を実現するために誰が何をどう作るのが良いかを考えながら、線を引く行為である。ますいいリビングカンパニーが建築家集団であると謳っている思いの源泉はここにある。

放っておくといつの間にか失われてしまうものがある。今の世の中は、市場経済と資本主義経済の二つのふるいにかけられてこぼれ落ちてしまうと、その多くはいつの間にか失われてしまう傾向がある。再現性、数値化、大量生産といったふるいにかからないものはいつの間にか、モトモト無かったもののように扱われてしまう。僕たちはこういうものを大切に扱っていきたいと考えている。例えば畳、日本の家には必ずあった床仕上げだけれど、今は本当に見なくなった。僕は茶道をやっているから、畳にはとても親しみがある。茶道の稽古は畳の雑巾掛けから始まる。道具を出す位置は、畳の目の数で示されるし、畳の縁を基準にした歩き方まで決められている。左官の壁も同じである。厚塗りの土壁は、室内空間を調湿してくれたり、有効な菌を放出してくれたりの効用があると言われている。漆喰には抗菌効果がある。何よりもこれらの仕上げは有害な物質を放出しない。そして美しい。これらの物は、その地域の特徴を生かして、名もなき腕の良い職人さんによって作り上げられ、そしてそれぞれの地域の風土となった。僕たちはそれを目にした時に、その地域の魅力を感じるし、それの積み重ねがこの国を形作ってきたのだと思う。そして今、それを作り上げてきた職人さん達マデもが、失われているような気がする。だからこそ僕たちは職人さんを大切にしたいと考えている。すでに一人前の職人さんも、これから一人前になりたいという見習いさんも、一様に大切にしたい。この先もずーと理想的な家づくりを継続することができるように、職人という職業を通して自己実現ができる世の中になるように、真面目に工務店機能を兼ね備える設計事務所を運営していきたいと考えている。

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