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ますいいリビングカンパニーは埼玉県川口市にある注文住宅を作るデザイン設計事務所です。
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増井真也日記

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2019/09/14

午前中は埼玉県桶川市にて進行中のAさんの家の打ち合わせ。ちょうど現場では茶室の内装工事に入ったところで、先日は大工さんが水屋の棚を造作していた段階である。ほとんどの部屋の内装工事は終わっているけれど、やっぱり難しい茶室がらみは後回しとなるわけだ。この和室のふすまには京都の唐長さんで購入した唐紙を貼る。唐長さんというのは江戸時代から続く唐紙屋さんの老舗で、代々受け継いできた版木に水性の絵の具を用いて色をのせ、それを和紙に写すという昔ながらの手法で唐紙を作っている。一枚一枚手作りなので微妙に違いがあって、だから世界に一つだけしかない唐紙となるわけである。今回使用する文様は花兎という。ウサギは前にしか進まないというので縁起が良いモチーフだそうだ。若干ピンクが勝った地の色に合うよう、壁の色も聚楽とした。聚楽色は少し赤みがかかっているからきっと髪の色とも合うであろう。外構などを含めて12時頃まで打ち合わせ。

夕方、埼玉県坂戸市にて設計中のYさんの家の打ち合わせ。今日は実施設計がほぼ終了という段階なので、主に展開図などを用いた説明をさせて頂いた。18時ごろ終了。


2019/09/12

朝一番で家を出て、裏千家東京道場にて開催される好日会という茶会に参加。今日は裏千家の今の家元のお父様である大宗匠が席主をされるということで、着物を着ての参加となった。8時過ぎに会場につくと、まだ誰も来ていない一番乗りの状態である。指定された席に入れていただくと、早速伊住宗陽氏によるお点前が始まった。なんと本物の中興名物の茶碗とか、利休さんの在判のある長次郎の黒などが使用されている。実際に手に取って拝見させていただくと、何とも言えない気分になった。

さてさて、高価な茶碗はもともとはそうではなかった。長次郎は瓦職人であり、利休がそのわびた世界観の茶碗を焼かせたときには、全く価値など定まっていないかったと思われる。高麗茶碗とて同じことで、もともとは庶民が使用する飯碗だったというお話もある。つまりは僕が普段使用しているご飯茶碗と同じようなものが、たまたま茶道に使用され、様々な人の手を経て伝わった結果、今では美術館の中に飾られているという何とも不思議な顛末なのだ。茶室という建築も同じようなことが言える。床柱に使用する赤松の丸太など、本来であればどこにでも生えていて簡単に手に入るものであるわけで、高価な銘木屋さんで購入するような代物ではないはずだけれど、でも時代の中でそういう風に扱われるようになってしまうと、いつの間にやら高価な銘木として扱われるほうが当たり前になってしまったりもするのである。竹の下地がそのまま見えている下地窓、これだってやりかけの状態を見せているはずなのに、今ではアルミサッシよりも高価な仕上げとなってしまった。

物の価値は人為的に造られるものだ。茶道具の価値は利休によって高められ、その時代では一国の領地に値する茶入れなども存在した。そういうものが名家の手を経て現代に伝えられているからこそ、名物と呼ばれる道具には価値があるのだ。しかし現代における茶道具の価値は確実に落ちている。給料の代わりに茶道具・・・はあり得ないし、戦争などの命を賭した行為の褒美に茶道具・・・これもあり得ないだろう。資本主義社会の中の商品としては需要と供給のバランス、そもそもほしいと思う人、つまりは茶人の人口が減少しているのだから値が下がるのは当たり前である。純粋な美術というよりも茶道の中で使用される道具というあり方なので、茶道自体に関心がない人にとっては美術品としても価値がないのかもしれない。そもそも技巧を凝らしたエミール・ガレやドームの美術品のような作品とも性質が異なる。つまり侘び寂びの世界観はその精神的価値の共有のもとにしか理解できないものだとも思うのである。

現代社会における茶道とは何かを考えると、日本らしさ・アイデンティティーの確立要素のような役割と、マインドフルネスのごとき現代人の心の安らぎを生み出す行為の二つがあげられるであろう。そしてその行為に必要な道具が茶道具なのであって、これはやはり美術品ではないのだと思う。利休の在判のある黒に触ったときの心の動き、それは決して高価なものに触れた歓びではなく、茶道の発祥に近い何かに触れることができた心のざわつきのようなものであると思うし、そうであったと願いたい。大宗匠のお姿を見ていて心落ち着く時間を得ようと心がけたが、なんとなく感慨深いものを感じて涙があふれる時間となってしまった。未熟な僕には、ゆったりとした時間ではなく心ざわざわの時間となってしまったわけだけれど、そんなことを考えながら過ごすざわざわは僕にとってとても良い経験をさせて頂いたと感じられるし、とにもかくにもこのような機会をいただき感謝であった。

2019/09/11

10時、川口氷川神社にて新しく計画中のトイレ・倉庫棟についての打ち合わせ。今日は平面図・断面図・構造図などを用いてのご説明をさせて頂いた。神社というのは、鳥居の内側を神霊が鎮まる神域としており、僕たちはそこに入るときには手・口を清めることが習慣になっている。普段の生活の中ではなかなか足を運ぶ場所ではないけれど、お宮参り・七五三・地鎮祭・初詣などなど、年に数回は必ず参拝する場所でもある。宗教建築ということで有名な建築も多くあり、僕たち建築に携わる者にとってみれば伊勢神宮などの建築を見る事もまた一つの学びの対象ともなる。拝殿や本殿といった本格的な神社建築を造るわけではないけれど、でも同じ敷地の中に立ち並ぶ建築群を作るということでそのたたずまいには気を遣う。和の雰囲気を壊さぬように、しかも神社建築の持つ伝統の力とは別の魅力を持つ建築の形を探っていかなければならないと思う。

2019/09/10

昨日の台風では千葉県の方で大きな被害が出てしまったようだ。僕の家もの影響でよく揺れたし、川口市内でも屋根の部材が飛んでしまったなどの被害があったようだけれど、屋根そのものが飛ばされてしまったというような被害は見当たらない。しかし千葉県では停電などの被害もひどいようで、この猛暑の中でエアコンが使用できないという状況もあるようだ。またもや観測史上初、想定外・・・最近本当にこういう現象が増えているように思える。

日本のインフラが想定している風の強さとか、建物の強度とかを上回るような自然現象が起きるとき、いつも思うことがどこまで強度を強くすればよいのかの問題である。例えば今回の台風で横浜の港の壁が崩れてしまった被害があったが、あの一つの被害の状況を受けてすべての防波堤の壁の厚さを倍にするなどの行動に移ることが正しいのかはよくわからない。もしもそういう発想になるのだとしたら、国家要塞化計画のごとき方向に進んでしまうであろうが、そんなことを実行する予算もないし、そんなことをすれば美しい景観といった魅力はすべてなくなってしまうであろう。

そうではない一つの手法としては、人が暮らすエリアや地域の考え方を再構築するという方法がある。すでにこうした研究は進められているようで、僕には想像することしかできないけれど、例えば首都を移転して災害が少ない地方で皆が暮らすとか、例えば津波の被害にあった東北のように高台に人が暮らす制度を整備するとか、がちがちに固めるのではなく人のほうが移動して被害から逃げるという発想のほうが長い人類の歴史から発送するに自然な行動のようにも思えるのである。

今日は東京大学の某研究室にて会議に参加。中国の内装業界についてのお話ということで、端的に言うと中国国内の大量のマンションストックをリフォームしていくための事業展開を、日本の住宅産業をモデルに構築したいという内容であった。僕に関係があるのかないのか・・・、あんまりないような気がするものであったけれど、縁あってお話を伺ったのでお役に立てることであれば協力させていただきたいと思っている。が、しかし今の日本が抱える先の都市問題を解決する話とあまりにもかけ離れるバブル的なお話に当惑する一日であった。

2019/09/07

今日は裏千家の行事にてサンライズ九十九里というホテルに向かう。今日から二日間の研修会、初日は茶道家であるランディーチャネル先生による講演会などが執り行われ、二日目は茶会という日程である。カナダから来た壮健な初老の講師に日本文化についてのレクチャーを受けるというなんとも不思議な出来事なのだが、話を聞いてみると改めて日本人の失われているものについて考えさせられるような機会になったような気がする。

ランディー氏はもともと武道を行うために来日したという。剣道、弓道、合気道などの様々な武道を習得しているうちに、心のうちの何かも鍛えたくなったという。そこで出会ったのが茶道ということであった。今ではたまたま性に合った茶道を自分の主な道として取り組んでおり、武道はたまにしかやらなくなったという。でも主軸の道があることがいかに素晴らしいことか。日本人はどうしても仕事中心の人生を送りがちだし、仕事こそが人生の主軸のごとき錯覚を抱きがちでもある。少なうとも今どきの日本人がオリンピック選手のごとき人々は別として、武道を人生の道として仕事を二の次にするような人はあまりいないであろう。Tシャツに短パンの荷と目を気にしない格好で現れたランディー氏の様子が、なんとなく輝いて見えたのであった。

2019/09/04

朝7時過ぎに事務所を出発して埼玉県草加市にて進行中のYさんの家の現場管理へ。Yさんの家では上棟後の大工さんの工事をしている。現在のところは間柱を取り付けたり、金物を締めたりの作業である。現場には木の香りが漂っているのだが、木造住宅の現場の最も良いところはこの匂いだと思う。RCのマンションの改修工事などをしていても、こういう感覚を味わうことはできないもので、やはりある程度のボリュームがある柱や梁といった構造材の存在が木の空気感を作り出すのだろう。

続いて14時より埼玉県桶川市にて進行中のAさんの家の現場管理へ。現在床を貼ったりの作業を行っているところである。いよいよ茶室の内装工事に移ろうということで大工さんもピリピリ感が漂っている。この茶室の床柱には北山杉の天然絞りの丸太を使用することとした。床框も同様に北山杉の天然絞りである。落とし掛けは杉の赤。1000×900もある大きな琵琶棚の天板には同じく杉の無垢材を使用している。普通の仕事と異なり和室の造作に使用する銘木というのは材料費が異常に高い。そういう材料を扱って作業をするということはそれなりの緊張感を伴うものであって、自然と現場はピリピリムードになってしまうのである。

2019/09/03

今日は朝からテレビ撮影の立ち合いである。埼玉県の蕨市という小さな町で一昨年行ったリノベーションの仕事で造ったカフェ兼住宅を、辰巳拓郎の家物語という番組が取材に来てくれた。雑誌に掲載されていたものを見て取材の申し込みがあったのだけれど、クライアントのAさんのご都合と辰巳拓郎さんのご都合が奇跡的に調整できたので今日の撮影となったというわけだ。

午前中は台本の読み合わせをしたり、テレビの中で使用する建物のシーンの撮影をしたりの準備である。そして午後からはいよいよ辰巳拓郎さんが参加しての撮影が始まる。ちょうど現場の近所にある、日頃よりお世話になっている栗田商店の栗田社長にご協力いただき、会社の一角を辰巳拓郎さんの控室に使用させてもらうことができたので、なんだかとってもアットホームな撮影現場とすることができた。テレビ撮影などめったにあるものではないから、やっぱり日ごろからお世話になっている方々にも喜んでいただきたいと思うわけだし、それでまたますいいの家造りが好きになってくれたら何よりもうれしいことだとも思うのだ。テレビには担当の和順君とクライアントのAさんが出演することにした。和順君はものすごい緊張感だったけれど、でも良い経験になったのではないかと思う。よい仕事をしてそれを多くの人に知っていただくことは僕たちにとってとてもうれしいことなのだ。10月の放送・・・、楽しみに待つこととしよう。

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Aさんの家のリノベーションでは、古い部分をすべて新しくしてしまうのではなく、構造補強や間取りの変更などを行いながら古いものの良さを生かすようなデザインを心掛けている。写真に写る欄間ももともとあったものだし、右端の障子ももともとは和室の間仕切りをしていたものを窓際に移植して利用した。こういう古いものというのは何とも言えない味がある。こういう味は塗装で再現しようとしてもできるものではない。時間をかけたものだけが得ることができる特別なものなのだ。

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2019/09/02

午前中は事務所にて雑務。

10時より、田部井君と吉村さんと一緒に現在埼玉県川口市にて設計中のMさんの家の見積もり作業を行う。約70坪ほどの住宅の見積もりとなると、約30ページくらいの結構なボリュームとなる。柱1本1本を拾い出し、そこに金額を入れて、合計金額を算出していく作業はなかなか大変なのだ。

12時、川口市にてお世話になっている建設会社の社長さんと一緒にとある農地を見学に行く。共通の知人が空き地を購入し、そこの一部を農地として利用しているのだが、いよいよ全面的に造成工事を行い利用するにあたってのアドバイスを求められた次第である。僕が妻と二人で畑作業を始めたのは今から6年位前だろうか。初めは35㎡しかない貸農園で始めたのだけれど、今では600坪の農地をお借りしてその半分くらいを使って畑作業を行っている。基本的には普通の路地農園と同じだから季節ごとに一家で食べるための野菜を作っている。今の時期はゴーヤなどの夏野菜が終わりを告げて、サツマイモなどが収穫を持っているところに、じゃがいもの植え付けなどがちょうど終了した段階なのだけれど、いつもいつもくるくる回っている感覚で、その動きとともに季節感を味わうことができるのが楽しみだ。今年のように天候不順で夏野菜がだめだった年は以前にもあるのだけれど、でもそれはそれで全く採れないわけではなくって我が家の分くらいは何とかなる程度には採れるのである。

2019/08/31

朝10時、北の常緑ハウスのクライアントのKさんからご紹介されたSさんご夫妻ご相談。

Kさんの家は、かまぼこのような形の屋根に包まれるスペースを2層に分けて、両側に吹き抜けを設えた木造2階建ての住宅である。小さな川に面した土地で、川沿いには緑道があり多くの緑をまるで自分の庭のように楽しむことができる。Kさんとは土地探しの段階からご相談を受けていたのだけれど、納戸か土地を見に行くといつも川がそばにあったことを覚えている。こだわりぬいて土地を探していたKさんは、最後には自分自身で空き家を見つけ、土地の所有者を探し当てて直接購入の交渉をしてしまうという、不動産屋さん顔負けの行動力でこの土地を手に入れた。だからこの土地の緑に対する思い入れというのは強くて当然なわけで、当たり前のように緑が主役の家となったわけである。下の写真がその外観。大きな窓から緑の景色をふんだんに取り入れているのがわかる。

Kさんの家は渡辺篤史さんの建物探訪なるテレビ番組にも登場したことがある。そんなKさんのご紹介のSさんの家は、狭小地に建つ3階建て住宅となる予定だ。まずはプラン検討からスタートしよう。

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2019/08/29

10時、地元の某店舗にて浄化槽の本下水に切り替える工事についての見積もりヒアリング。30年以上も前に建てられた店舗ビルということで、どのトイレの排水がどこの浄化槽につながっているなどの図面情報がまるでない中での見積もり作業である。そういう場合はどうするのかというとこれが意外と原始的な手法しかなくって、一つ一つのトイレを流してみてはこのトイレの排水はこちらの浄化槽に来ているなあと記録を取り、ということはこちらのトイレも同じ浄化槽に来ているのだろうと予測をつけては実験を繰り返し、どこに行っているのやらわからない手洗い器を見つけては水を流し続けてその行き先を調べだすという作業を繰り返した次第である。二つの浄化槽となぜあるのかわからないグリストラップの調査を終えて12時帰社。

途中畑によって収穫作業。今年の夏野菜は生育があまりよろしくない。茄子も早い時期に終わってしまったし、例年だと取れすぎて食べきれないしし唐もなんとなく元気がない。長雨による日照不足やそのあとの猛暑というこれまでの日本の夏とはどこか違う気象条件に野菜の方はなかなかついていけないのであろう。

15時高崎駅にて旧知の知人に会う。古いご縁で無理を言い、今度の分室づくりにご協力をしていただいた。やはり人の縁だなあの感である。

2019/08/27

午前中は各プロジェクト打ち合わせ。

近年団塊の世代の高齢化により、職人さんの不足が叫ばれている。大量に東北地方などから出稼ぎにきた労働力が、バブル経済等の時代背景に合わせて建設産業に従事し、まだ工業化がそれほどされていなかったモノづくりの中で技を磨き、バブル崩壊とともに多くの人が職を失い今に至るわけである。近年の建設ラッシュの中では、こうした職人さんのうち今でも続けている人たちが数少ない手仕事のできる大工さんとして重宝されているけれども、今から10年もすれば、プレカットではなく手刻み仕事を経験したことがあるような職人さんは皆、高齢化により大工さんをやめてしまうであろう。こういう状況の中で、改めて技術力のある大工さんを目指そうとする若者の動きもあるようで、設計のできる大工さん、数寄屋技術を持つ職人さんといった失われつつある職人が若い世代から生まれてくる可能性を感じるから楽しみでもある。

こういう話というのは何も今に始まったことではなく、古代ローマ時代においても同じような話があるから面白い。コンスタンティヌスの凱旋門は315年にローマに建てられたが、この建築を飾る彫刻の多くはこの門の建設よりも200年ほど前に造られたものを皇帝の顔の部分だけコンスタンティヌスに修正し、はめ込んということである。しかもその理由は優れた工匠がいなかったからというから面白い。315年・・・、いったい何があって職人さんが少なくなったのかわからないけれど、昔々にも今と同じような時代があったのだ。

ますいいリビングカンパニーの設立当初は、工務店という組織形態は地に落ちていた。手抜き工事などで信用を失墜し、ハウスメーカーの下請けしかできないような組織しか存在しないような状況であった。そのような中で設計事務所が工務店機能までを兼ね備え、社会に必要とされる組織を造ろうと始まったのがますいいリビングカンパニーの活動である。2000年当時に早稲田大学の石山修武研究室のゼミで議論を重ね、建築家が小規模住宅を手掛けるのであれば、コンストラクションマネジメントとコストマネジメントも同時に手掛けることでコストダウンを実現し、さらには10年保証などにもしっかりと対応できる組織であることが望ましいという理念に基づき造り上げた。かれこれ18年に及ぶ活動の末に、この業態はだいぶ広まってきたように思える。デザインビルドなる新しい分野も確立したような気もする。

問題があって、それを解決するための理念が社会を変えると、問題は次のフェーズに移っていく。つまりこういうことには波がある。波のうねりの中で様々な状況に変わりゆく社会の中でいかに優れたものを作ることができる状況を造り上げるかが工夫である。

リノベーションの中で古いものが新しいものと結びついて作り上げられる魅力・・・古いものを集めるための解体工事業者との結びつき・・・古きよきものの再利用による美しい工芸的な建築の創造、ローマ時代の活動に通じる工夫がここにもあるような気がするのである。

2019/08/24

朝10時、埼玉県坂戸市にて設計中のYさんの家の打ち合わせ。今日は実施設計の途中段階ということで、階高の調整などの設計変更などについてのご説明を行った。この住宅では平屋のようなL字型の平面プランを採用し、1階南棟にダイニングキッチンを配し、中央棟にリビング、東棟に寝室を配置している。ダイニングキッチンの棟は階高を低く抑えた勾配天井の空間で、屋根の上に乗ることができる。片流れの屋根から地面までの高さは飛び降りてもいいかなあくらいに思えそうな高さに抑えている。本当に飛び降りたらけがをしてしまうのでそんなことはしないのだけれど、それくらいに大地と近い距離に屋根があることが良いかなあと思うのである。リビングの棟は逆に天井高さを高く設定しており、しかも吹き抜けがあるので開放的な空間となっている。天井高さの低いLDKを通り抜けて一気に広がる開放的なリビングとすることで、印象の変化を大きなものとなるように操作した。次回に向けてさらなるスタディーを進めていきたいと思う。

14時、リビングデザインセンターOZONさんよりご紹介されたHさん打ち合わせ。現在土地探し中ということで、家づくりの流れなどについてのお話をさせていただいた。

17時、埼玉県川口市にて進行中のシェアハウスの現場にて大工さんとの打ち合わせ。18時ごろまで。

2019/08/23

朝10時、所要にて石山修武先生と東京大学の福武ホール前にて待ち合せ。この福武ホールというのは安藤忠雄さんによる設計で、コンクリート打ち放しのデザインが印象的だ。建物は地下に埋め込まれており、地上には2層だけが顔を出している。大きく出た庇のかかるスペースの向こう側には、横長のスリットが開けられたコンクリートの壁が立っていて、その向こう側の通路と建築の領域を区切っている。学校の公開日だったのだろうか?中学生の団体やらいかにも小学生の子供を連れたお母さんやらの姿が目に付いた。それにしても久しぶりに東京大学に足を運んだが、そのスペースの広さには改めて驚かされる。早稲田大学の理工学部とは比べ物にならないんだなあこれが。やっぱり国立大学の力なのである。

13時、埼玉県川口市にて計画中のシェアハウスについての打ち合わせ。いよいよ解体工事が始まり、内装の工事契約に向けた最終段階の打ち合わせを行っている。15時ごろまで。古い建築を再利用することには、これからの僕たちの存在意義があるような気がするのだけれど、ロンドンのアーセナルFCの本拠地だったハイバリースタジアムの場合は、スタジアムが高級マンションにリノベーションされているという事例もある。かつてグラウンドだった部分は中庭として利用され、スタジアムのゲートはそのままのデザインで保存されており、ファンの思い出の場所ともなっている。東棟からセンターガーデンに抜ける通路は、スタジアム時代に選手たちが控え室からピッチに向かうときに使ったプレイヤーズ・トンネルで、サッカーを愛するものなら誰でも胸が高鳴ってくるような場所となっている。もしこれが日本だったら・・・例えば川口市内にあるオートレース場が再利用される場合の再開発だったりするのかもしれないけれど、つまりは町に潜む記憶を生かしながらリノベーション事業を進めていくということの大切さは、規模にかかわらずこれからのまちづくりのカギとなるような気がするのである。

2019/08/20

朝7時に家を出て、埼玉県草加市にて進行中のYさんの家の現場へ向かった。今日は上棟工事の二日目である。お盆休みは猛暑でどうにもならなかって天候も、急に涼しくなってくれたのは良いのだが、その代わりに朝から土砂降りの雨ということでなかなかうまくいかないものである。この雨はピンポイントで降るようで、10時ごろにはすっかりと晴れ上がった。日本の夏もなんだか東南アジアの国々のような気候になってきたなあの感なのだけれど、これならこれで何とか進めていかなければならないのであるから屋外作業を基本とする建設業は大変だ。しばらくの作業をチェックして事務所に戻る。

2019/08/19

今日から仕事始めである。夏季休暇中の猛暑が継続したらどうしようかと考えていたけれど、幸い休み明けから気温が下がってくれた。今日は埼玉県草加市にて進行中のYさんの家の上棟工事である。現場には二人の鳶さんと大工さん、そしてますいいからは渡邊君が立ち会っている。少々不安定な天候だけれど、38度の猛暑よりは良い。

いくらなんでも38度の中での上棟作業は危険すぎると思い、空調服などを用意していたのだが、それも使用しないで済んだ。空調服というのは洋服にファンがついている服である。風が送り込まれるとまんまると膨らむので見ていて滑稽なのだけれど、試しに着てみるとこれが予想以上に涼しさを感じるから驚いた。それにしてもこんなものを着ないと工事ができないような気象条件になってしまったという事実が、何とも言えない疑問を感じる。人は科学の進化を利便性や経済のためには使用するが、地球の環境保全のためには致命的な状態になるまで使用できない習性があるということはわかりきっているのだけれど、でも猛暑の中で作業をするためにリチウム電池を背負ってファン付きの服を着て作業をしているのはまるで火星探査の作業をしている宇宙飛行士のごときに異様な光景に映るのである。

気温上昇の傾向がこのまま続いて、もしも40度を超えるような状態が普通になってしまったらどうなるのだろうか?その状況だとおそらく夏場の屋外作業は命がけのものとなるので避けざるを得ないだろう。一年のうちの8月を作業できない月と定めて、それ以外の11か月で作業を行うようになれば、当然労働の単価は上昇せざるを得ないものとなるのだと思う。作業量も12分の1が減少するわけで、例えば屋根作業とか基礎工事などの炎天下で行うしかない作業については労働力不足の問題も出てくるかもしれない。いったいどうなってしまうのかの行きつく先は、やっぱり高性能の空調服か?悪い方向への追いかけっこ、いったいいつまで続くのだろう。

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